Budo World

フィンランド剣道紀行—異文化の中の日本文化 驚愕、感動そして感謝

酒井 利信(筑波大学)
(日本武道学会剣道専門分科会ホームページより)
2006. 2

 昨年、北欧フィンランドに全剣連派遣講師として行かせていただいた。期間は2005年2月16日から5月1日 まで。大きな期待と半分以上の不安を胸に出発したのがちょうど一年前になる。本来であれば、早い時期にレポートを作成すべきであったが、二ヵ月半という短 い期間に実に様々なことがあり、帰国後頭の整理がつかなかったことと、また結局のところ忙しさにかまけてしまい今に至ってしまった。一年がたち、ようやく セピア色の良い思い出として整理できるようになったような気がする。今回の経験は、私にとって貴重な財産であり、これが風化してしまわないうちに皆さんに 紹介しておこうと筆をとった次第である。

フィンランドへ

 ヘルシンキ空港に到着して最初に外気に触れたときの感覚は、今でも忘れることができない。2月のフィンランドは極寒。首都ヘルシンキでもこの時期マイナス10度、夜ともなればマイナス20度以下になる。凍った海の上を人が歩いているのを見て先ずは驚いた。聞くところによると、海や湖の上を車も走るらしい。しかし屋内は浴室や洗面所どこでも暖かく快適そのもので、半袖のシャツでくつろいでいたりもする。

 ここで多少フィンランドという国を紹介しておくと、日本よりやや小さめの国土に住む人口は500万 人余りと比較的少なく、多くの国民がフィンランド語を話す。文化程度は非常に高く、教育に力を入れており、特に語学の能力は例外なく優れている。英語でコ ミュニケーションをとれない人は皆無に等しく、数ヶ国語話す人も珍しくない。国民性は日本人に似ているといわれ、男性は概してシャイで非常に優しい。対し て女性は元気のある人が多い印象を強くもった。

 派遣中の私の仕事は主に二つあり、ヘルシンキに滞在し主にナショナルチームの強化をすることと、地方にあるクラブをホームステイをしながらまわり普及あるいはレベルアップをはかることである。この二つをほぼ一週間ごとにこなすといった生活であった。

 いずれにせよマイナス10度のファーストインプレッションから、旅行ではなくフィンランドでの生活そのものが始まった。

フィンランド剣道連盟

 フィンランド剣道連盟は、首都ヘルシンキで活動するクラブを中心によくまとまっており、特に技術局長であるMikko SalonenとMarkus Freyの二人が指導者として全国を掌握している。共に六段であり、オーソドックスで立派な稽古をする。会長は年長者が持ち回りでやっているようで、この三十代半ばの二人のリーダーをサポートしている。連盟のマネージメントは、Mikko Salonenの奥さんであるSusanna Salonenが取り仕切っている。非常に優秀なマネージャーであるが、自身剣道五段であり、かつてはヨーロッパで名を馳せた選手であった。彼女なくして連盟は動かない。本当のボスは彼女かもしれない。その他に日本留学の経験があり日本語に堪能なHeini Inkinenが、若手のリーダーとしてあげられよう。

 ヘルシンキには、「気剣体一致クラブ」「ヘルシンキ大学剣道部」「エラ剣会」といったクラブがあり活発に活動している。その中でも「気剣体一致クラブ」は、最も古くから活動をしており会員数も数百人と非常に多く、レベル的にも他を圧倒している感がある。

 地方にも熱心に活動をしているクラブがある。私が訪問した都市をあげると、ポリ(Pori)〔大熊剣会〕、ラヒティ(Lahti)〔志剣会〕、ハメーンリンナ(Hameenlinna)〔城剣会〕、トゥルク(Turku)、オール(Oulu)〔北風〕、タンペレ(Tampere)、ミッケリ(Mikkeli)、クオピオ(Kuopio)〔翔剣会〕など、活動状況は色々であるが例外なく熱心に剣道に取り組んでいる。

 ヘルシンキと地方クラブとの連携は非常によく機能しており、指導体制や 経済面など細かな取り決めがなされている。従って、私のような派遣講師の取り扱いは手馴れており、マニュアルどおりにこなされているといった感じであっ た。しかし無機質ではなく、心のこもった対応であるところに感心した。訪問した日本人指導者は例外なく良い印象をもって帰るようであり、再び来フィンする 率は非常に高いようである。

 剣道の質は、概してオーソドックスで立派なものである。いわゆる玄人好 みするもので、これにはかつて来フィンし指導をされてきた日本人指導者の影響も多分にあると思われる。これまでに全剣連から派遣された講師を列記すると、 上松大三郎先生(自衛隊)、高橋亨先生(東京芸術大学)、岩立三郎先生(空港警備隊)、武藤志津夫先生(福島県警)、石塚美文先生(大阪府警)、恩田浩司 先生(警視庁)、近藤亘先生(徳島県警)、横山直也先生(横浜国立大学)、大田順康先生(大阪教育大学)、竹田隆一先生(山形大学)、山神眞一先生(香川 大学)、八木沢誠先生(日本体育大学)、岩切公治先生(国際武道大学)、そして私である。