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刀剣の思想

古代朝鮮の剣

1. 剣の観念の伝播

 古代神話の中で草薙剣(くさなぎのつるぎ)や韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)といった霊剣は、天上と地上を結ぶ、それ故に神聖なものであって、こういったイメージが日本の刀剣思想の原点である、というお話を前回しました。
 話が古代ですから現代剣道からさかのぼって随分遠くまで進んできたという感があり、これだけでも剣道の文化性の深遠さを実感することができますが、実は私たちはここから更に先に進むことができます。
 皆さんよくご存知のように日本の文化は中国大陸からの流れをもつものが実に多くあります。身近なものでは仏教や儒教といった宗教文化などもそうですし、金属文明もそうです。刀剣は金属器ですから当然中国大陸から伝わったものですが、注意深く調べてみると、剣の観念が読み取れるような同種の伝説が古代中国や朝鮮には多くみられます。刀剣の思想は東アジアをまたにかけた大きな流れのなかで成立しているということです。
 今回は古代日本と中国の橋渡し的な役を果たした古代朝鮮に目を向けてみたいと思います。

2. 金庾信(きむゆしん)伝説

 ここでは特徴的な説話を紹介しましょう。金庾信伝説といわれるものです。
金庾信というのは三国時代の新羅(しらぎ)の大将軍で三国を統一に大きく貢献した国民的英雄です。また彼は花郎(かろう)でもありました。花郎というのは、貴族の子弟によって組織された青年戦士の集団で、しかも呪術(魔法の技術)を使う人たちです。
 以下『三国史記』という文献にある金庾信伝説の内容です。
 金庾信には出生から逸話があります。父が自分に熒惑(けいごく)(火星)と鎮星(ちんせい)(土星)二つの星が降りてきた夢を見、また母は金の鎧を着た子どもが家に入ってくる夢を見たことによって、母は身ごもり二十ヶ月後に庾信を生んだと伝えられています。
 十五才で花郎となり、十七才で山にこもり修行して呪術の能力を得たといいます。
 ここからが重要なところですが、近隣の国が国境をおびやかしてくるのに心を痛めて、山中に入り天に祈ったところ、星の光が剣に降りてきて宝剣は揺れ動くようであったといいます。庾信はこの剣をもって三国統一に貢献します。
 彼の歴史的な働きはこの宝剣によるとも考えられますが、この剣のすごさは、彼の出生の逸話と同様に、星(の光)が天から降りてきたことに由来します。
 前回、神武東征伝説が日本の刀剣の思想で最も重要であることはお話ししましたが、この話と庾信の伝説が非常によく似ていることは容易に理解できるかと思います。同系統の思想であることは明らかです。
 しかし日本の場合、剣自体が天上から降りてきたのに対して、朝鮮の場合、天から星の光が(地上にある)剣に降りてきた、という違いがあるのも面白いところです。

3. 星と剣

 庾信の話の場合、キーワードは「星」です。星との関係がこの剣の神聖性の根拠となっているのですが、朝鮮をも含めて中国大陸では星は神聖なものでした。これには理由があります。少し難しい話になりますが、天の思想との関係で説明することができます。
 古代中国大陸に特徴的な考え方ですが、この世で起こることは全て天の意志によって決められると信じられていました。幸せも災いも戦いの勝敗さえも全て天の意志によって決められる。これを天命といいますが、たとえ地上の権力者、支配者であってもこれに従わなくてはなりませんでした。当然、人々は事前にこの天の意志を知ろうとします。当時の人たちは天の意志は星の相に表れると考えていました。そのために中国では早くから占星術が発達したわけです。天は絶対で神聖なものでしたが、必然的に天の意志を表す星も神聖なものになりました。
 古代朝鮮では、天にある神聖なる星の光が剣に降りてきた。こういったイメージで剣の神聖性は認識されていたということです。
 これが日本に伝わり、独自の焼き直しをされて展開していったということです。