Budo World

刀剣の思想

古代中国道教の剣

1. 道教の流れ

 前回は古代における日本と中国の橋渡しをした朝鮮半島の刀剣の思想を、金庾信(きむゆしん)伝説を例にとって眺めてみました。
 英雄金庾信は剣をもって三国統一という偉業を成し遂げたのですが、この剣の神聖性は星が天から降りてきたことによって語られるものであり、ここでのポイントは〝星〟でした。
また、庾信は呪術活動を行う青年戦士集団、花郎(かろう)の一員でした。花郎は、多分に古代中国道教と関係するということが指摘されています。私も刀剣の思想を考える立場としてこの意見には賛成です。
 道教というのは、仏教、儒教とならんで中国三大宗教の一つですが、特に道教は民衆一般の土俗的な信仰の中から自然発生的に形成されたもので、日本の神道と似たところがあります。日本の神道は道教の影響を多分に受けたという研究者もいるぐらいです。
 この道教において、剣が星と大いに係わってきます。

2. 道教における星と剣

 天の思想とかかわって星が神聖なものとしてみられていたことは前回お話ししましたが、こういった星や星座に対する信仰は道教思想の中で剣と結びついていました。これを如実に表しているのが『含象剣鑑図(がんしょうけんかんず)』という史料です。これは唐の時代の道教の指導者、司馬承禎(しばしょうてい)という人が著したものです。
 内容的には鑑(かがみ)とならんで剣の神聖性を述べているのですが、その中に描かれている図からは剣に北斗七星の文様が刻み込まれていることがわかります。天体観測の基準となる北極星や北斗七星は特に神聖視されたのですが、これを刻み込むことによって剣は神聖なものとされました。
 そして道教における神聖なる剣の役割の一つは、辟邪(へきじゃ)の呪術にあったようです。

3. 星辰(せいしん)信仰と剣

index_10_clip_image002
 そもそも星辰(星と星座)信仰と剣の結びつきはかなり古いです。
 例えば『古今刀剣録』という史料には、夏(か)王朝(紀元前二十一世紀頃~前十六世紀)の啓(けい)という人物(夏の創始者と伝えられる禹(う)王の子)が剣を鋳造する際に星辰を刻み込んだという記述があります。禹王と同様に啓もまた伝説上の人物であり、この記述の史実としての信憑性は薄いのですが、星辰信仰が古くから剣と結びついていたことは窺い知ることができます。
 また、春秋時代末期の事柄を扱った『呉越春秋』という史料には、呉(ご)国の名将であった呉子胥(ごししょ)がもつ剣に七星(おそらく北斗七星)が刻まれていたことが記されています。

 古代中国においても、剣は星によって神聖視されるものでありました。しかしその星は天から降りてくるものではなく、直接刻み込まれるものであったこともまた面白いところです。