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騎射の三物

 中世日本の戦いは騎馬戦であり、馬にのって弓を射る騎射の技術が武術の中心であった。現在の弓道のように人が立った状態で弓を引くのではなく、馬を操作しながら弓を射る特殊な技術が必要であった。そのため当時の武士は独特な騎射の訓練を行なった。これを「騎射(きしゃ)の三物(みつもの)」という。まさしく騎射の三つの訓練である。
 先ず一つ目は「流鏑馬(やぶさめ)」といわれるものである。これは、馬上で矢継ぎ早に矢を射る訓練である。具体的には、まっすぐの馬場の三ヶ所に的を立てて、馬を走らせながらその的を射るというものである。
例えば当時の合戦では、技量の優れた武士同士が一対一で勝負をする一騎打ちというものがあった。大勢が入り混じる合戦のなか、大声で自分の生い立ちや戦歴を叫び、自分と戦うにふさわしい相手を探す。弱い相手に勝っても価値がないのである。戦うに値する相手が見つかった場合、両軍全員が戦いをやめて見守る中、向こうとこちらから馬をすれ違いに走らせながら弓を射合せて戦う。遠くからお互いに馬を走らせてすれ違うまでに、素早く何本もの弓を射る必要があり、こういった技術を習得するための訓練が流鏑馬である。
 二つ目は「犬追物(いぬおうもの)」といわれるものである。
 馬に乗って弓を使うにはいくつかの制限がある。その最大のものは、自分の左側の敵しか弓で射ることが出来ないということである。日本の弓は2メートル以上もあり非常に長い。これを左手に持って右手で引き絞り矢を射る。つまり左手で持った長弓は、常に馬体の左側にあるということである。馬にまたがった状態でこの長い弓を馬の首を越して右側に持ってくることは非常に困難であり、またそうできたとしてもその状態から右手で矢を十分に引くというのは至難の業である。従って基本的には自分の左側の敵しか攻撃することはできず、敵が自分の左にくるように馬を操作することが重要となる。
 この対象物を左にくるように馬を操作して弓を射る訓練が犬追物である。
 円形の馬場の中央から犬を放し、これを馬を操作しながら追いかけて射る。矢は刺さらないように工夫がされており、当たっても犬が死ぬことはなく、つづけて練習をすることができる。素早く動く犬を常に左にくるように馬を操作する訓練である。
 騎射の三物の三つ目は、笠懸(かさがけ)である。
 これは遠くに懸けてある笠を的にして、馬の上から射る練習である。馬上からの遠矢の訓練である。

文責:酒井利信