武道研究最前線シリーズ①
剣道競技者の脳内情報処理過程に関する研究:剣道を模したS1-S2選択反応課題時のP300に着目して
川井 良介(筑波大学大学院)・香田 郡秀(筑波大学)・鍋山 隆弘(筑波大学)・有田 祐二(筑波大学)・木村 悠生(茗溪学園中学校高等学校
Ⅰ 緒言
剣道は攻防一体型競技であるため,競技者は多様に変化する攻防において,相手の動作に対して即座に打突もしくは防御動作を行い,連続かつ高速な攻防を展開している.つまり,構えて相手に注意を集中させた状態からいかに早く認知判断し,打突という随意運動の遂行に至るかということが勝敗を決定する要因の1つと考えられる.したがって,近年,剣道競技者の情報処理に関する研究が報告されているが,それらの研究において神経生理学的に検討した研究は見当たらない.
本研究で焦点を当てたP300とは,1965年にSutton et al.によって発見された脳波(事象関連電位)の1種である.P300に関して,対象者が課題遂行中に提示される刺激に注意を向けると出現し,注意をそらせると出現しなくなることや,刺激が対象者にとって有意性を持つときや対象者の注意,集中度が高い時に増大すると報告されている.さらに,P300の潜時は課題の刺激評価時間を反映すると考えられている.種々の競技における競技者のP300に着目した研究は報告されているが,剣道競技者を対象にした研究は管見のところ見当たらない.
そこで本研究では,剣道競技者の脳内情報処理過程の特徴を検討するため,剣道を模したS1-S2選択反応課題を用いて,剣道競技者群と一般学生群のP300の振幅と潜時を算出した.加えて,情報処理における最終的な出力結果として,S2刺激提示後のボタン押し課題における筋電図を導出し,筋電図反応時間(以下,EMG-RTと略す)と正反応率を併せて算出した.
Ⅱ 方法
対象者は,大学体育会剣道部に所属する男子学生10名を剣道競技者群,体育専門コース以外に所属する男子学生10名を一般学生群とした.
本研究では,剣道を模した2条件(CT条件,Task1条件)の視覚刺激によるS1-S2選択反応課題を設定した.CT条件(図1)では,S1として黒枠四角形画像を提示(持続時間:300ms)後,S2にマル画像またはバツ画像をランダムに提示(持続時間:250ms)した.対象者にはS2にマル画像が提示された時は右手で可能な限り早くボタンを押し,バツ画像が提示された時は反応しないように教示した.
Task1条件では,S1として剣道の遠間(対峙した両者の剣先が触れ合う程度の間合)において相手と対峙した際の画像を提示し,S2に相手が面・小手を空けている画像と一足一刀の間合に近づいた画像をランダムに提示した.対象者には,S2で相手が面もしくは小手を空けている画像が提示された時には可能な限り早くボタンを押し,一足一刀の間合に近づいた画像の時には反応しないよう教示した.また,行動指標となるボタン押しはなるべく正確に行うように教示した.
脳波記録は,国際10-20法に基づき,Fz(前頭葉),Cz(頭頂葉),Pz(頭頂葉後部,後頭葉前部),C3(頭頂葉),C4(頭頂葉)の頭皮上5部位から導出した.眼電図記録は左眼の窩上下縁から,筋電図記録は右前腕の橈側手根屈筋上から電極間約3cmの間隔をあけて双極導出した.
Ⅲ 結果
1.両条件ともに剣道競技者群は,一般学生群よりもEMG-RTが有意に短縮した.(図2)
2.剣道競技者群のTask1条件におけるNoGoP300(ボタンを押さない試行)は,一般学生群よりも前頭葉から頭頂葉にかけて有意に高い振幅を示し,潜時は有意に短縮した.
Ⅳ 考察
1.剣道競技者群のEMG-RTの短縮には,長期的継続運動が大脳-小脳間のループの動員, シナプス効率の変化,大脳皮質性の興奮性レベルの増加に影響を及ぼしたことに加え,脳内における運動・反応処理系に関わる様々な部位が互いに協調しながら並列に効率良く働いたためと推測される.
2.Task1条件において,剣道競技者群のNoGoP300の振幅の増大と潜時の短縮には,長期的継続運動による脳内のシナプス後電位の変化や剣道の競技特性による脳内情報処理過程の変化が関与していると考えられる.
Ⅴ 結論
以上のことから,剣道競技者群は反応時間が短く,脳内情報処理過程において,特に反応の抑制に関わる情報処理が効率良く行われていることが示唆された.
*フルペーパーは、武道学研究48-2( 2015年12月)に掲載されています.