Budo World

剣道の正面打突における打突と踏み込みの時間差に着目した新たな指導法に関する研究 竹中健太郎(鹿屋体育大学)

武道研究最前線シリーズ⑤

剣道の正面打突における打突と踏み込みの時間差に着目した新たな指導法に関する研究

竹中 健太郎(鹿屋体育大学)

 本論文では,剣道の正面打突における打突と踏み込みの時間差に着目し,剣道初心者ならびに鍛錬者における新たな指導法について提示するとともに,実践事例によりその指導法の工夫点における有用性を明らかにすることを研究主題とした.
研究Ⅰでは,剣道鍛錬者および初心者の正面打突における打突と踏み込みの時間差を定量化することを目的とした.剣道鍛錬者126名と初心者12名を対象に,正面打突における打突と踏み込みの時間差を測定した結果,剣道鍛錬者は42.7ms踏み込みよりも打突が先行することが明らかとなった.反対に初心者は,打突よりも踏み込みが56.7ms先行し,鍛錬者とは有意な差が認められた.なお,被検者であった鍛錬者126名は,いずれも試合において面技の有効打突の取得経験を有する有段者であった.したがって,定量化した打突から踏み込みまでの時間の平均値(42.7ms)は,正面打突の「気剣体一致の打突」における打突と踏み込みのタイミングの基準値とし,打突動作の改善に向けた基礎資料として活用し得ることが示唆された.
研究Ⅱでは,剣道初心者が短期間で,踏み込み足を用いた打突による気剣体一致の正面打突動作を効率的に習得するための新たな指導法について検討した.指導手順の違いが剣道初心者の打突と踏み込みの時間差に与える影響を明らかにすることを目的とし,「送り足打突」から学習を開始する固定観念を取り払い,新たな試みとして「踏み込み足打突」から学習を開始する指導手順を組み替えた指導計画により学習事例を作成した.さらに,このような指導手順の組み替えを用いた学習者と従来の手順による学習者の正面打突動作における動作解析を行った.その結果,剣道初心者における打突と踏み込みの時間差は,一般的な指導手順による学習者に比べて,指導手順を組み替えた指導による学習者の方が有意に小さく,指導手順の組み替えは,短期間に上肢と下肢の協調を促すことが示唆された.また,床反力についても,指導手順を組み替えた指導による学習者は,一般的な手順による指導を受けた学習者よりも有意に大きい値を示し,踏み込み動作の習得においても手順の組み替えの効果が明らかとなった.
研究Ⅲでは,指導手順の組み替えに,さらに打突先行の教示と示範を追加し,初心者における打突と踏み込みの時間差に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした.研究Ⅱにおける指導手順の組み替えは,初心者の打突と踏み込みの時間差を有意に縮小させたものの,打突が先行する鍛錬者の正面打突動作における打突と踏み込みの時間差には隔たりが見られた.そこで,初心者に対して指導手順の組み替えに,打突先行の教示と示範を加えた学習事例を作成し,打突と踏み込みの時間差を測定した.その結果,初心者の打突と踏み込みの時間差の平均値は,有段者と同様に打突が先行する正の値を示すまでに有意に変化した.すなわち,踏み込み動作を伴う正面打突動作の短期間における動作習得において,上肢と下肢の動作(竹刀による打突と踏み込み時の右足着床)の協調を学習課題とした場合は,指導手順の組み替えに打突先行の教示と示範を追加することで,高い学習効果が期待できることが示唆された.
研究Ⅳでは,剣道鍛錬者の正面打突を下肢始動型の打突に修正することによる打突時の打突と踏み込みの時間差に及ぼす影響と有用性について明らかにすることを目的とした.3~4段の大学剣道選手60名を対象に,剣道熟練者(教士7段)が下肢始動の打突方法について教示と示範を行い,その後,30分間の打突方法を修正するトレーニングを実施した.その結果,下肢始動型の打突動作への修正により,剣道鍛錬者の打突と踏み込みの時間差を有意に縮小させる即時効果が得られた.なお,40㎳以上の時間差を呈する19名の鍛錬者については,すべての被検者において時間差が縮小した.このことから,下肢始動型の打突への修正は,剣道鍛錬者の打突と踏み込みの時間差の縮小に効果的に作用し,時間差が著しい鍛錬者の適正範囲以内への修正に高い効果を発揮することが明らかとなった.さらに,下肢始動型の打突方法を習得(習慣化)することは,対人技能における「攻めと打突を一体化させた面技の習得」への基礎動作として活用し得ることが示唆された.
これらの研究結果から,本研究における剣道初心者および鍛錬者に対する新たな指導の工夫は,それぞれの対象者の打突と踏み込みの時間差に影響を及ぼすことが明らかとなった.すなわち,本研究において剣道の正面打突の動作習得および修正に講じた「打突と踏み込みの時間差に着目した指導の工夫」は,新たな指導法の確立と現場への提示に向けた有益な知見であると考えられる.

本稿は.平成28年度博士論文(鹿屋体育大学大学院体育学研究科)の要約です