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剣道の正面打撃動作に関する研究 ―腰の移動に着目して― 大野達哉(順天堂大学)

武道研究最前線シリーズ③

剣道の正面打撃動作に関する研究 ―腰の移動に着目して―

大野 達哉(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科)・中村 充(順天堂大学大学院)・中野 雅貴(順天堂大学)・廣瀬 伸良(順天堂大学大学院)

Ⅰ 緒言
剣道における「面打ち」を運動構造的にとらえると,主要動作局面が「打撃」にあたり,その予備動作局面を「入り」,事後動作局面を「残心(余勢)」と捉えることができる。剣道の打突動作において,「入り」は打突の前の「攻め」を表現する重要な局面であり,特に,安定した腰の構え,腰が安定した動きが必要とされ,打撃に大きな影響を与えるものである。したがって,「入り」も含めた打突動作中の腰の移動に着目して分析を行う必要性があると考えられる。また,剣道では「足さばき」は移動技術の根幹をなすものである。なかでも,『すり足』は基礎的な技術習得場面の稽古で一般的に用いられるが,実際の打突を伴う実戦的な稽古あるいは試合場面の打突においては,『踏み込み足』を用いるのがほとんどである。したがって,熟練度が打撃動作に大きく影響を及ぼすと考えられることからも,すり足打撃から踏み込み足打撃へと発展させていくという指導順序の妥当性の検証も必要性がある。
そこで,本研究の目的は,足の運び方の異なる二つの正面打撃動作について,入りおよび打撃の一連の動作における腰の移動に着目して解析を試み,熟練度による違いからその特性を明らかにすることを目的とした。

Ⅱ 方法
対象動作:遠い間合いから送り足で一足一刀の間合いに入り,最大努力の正面打撃動作とした。すり足にて正面を打撃する動作(すり足打撃)と,踏み込み足にて正面を打撃する動作(踏み込み足打撃)の2種類を対象動作とした。
被験者:剣道経験のある健常男子大学生20名を対象とし,経験年数および段位をもとに上級群7名,中級群6名,初級群7名とした。
動作記録:光学式三次元動作解析システム(VICON)専用カメラ8第および,ハイスピードカメラ一台を用いて記録した。

分析:記録したVICONのデータから「腰の中心部」の座標を算出し,腰中心部の前方向への移動距離,最大速度,平均速度,鉛直方向の変化幅について分析した。また,左右大腿,膝関節,脛骨の3点の三次元座標から左右膝関節角度を算出した。先行研究をもとに各群のデータを規格化・平均化した時系列グラフを作成し,鉛直方向,移動速度ならびに左右膝関節屈伸角度の変化様相を分析した。

Ⅲ 結果および考察
本研究の結果から,すり足打撃は,腰中心部の移動距離,鉛直方向の変化幅,移動速度において初級群から上級群まで有意な差がなく,腰中心部の移動様相の入りおよび打撃局面で初級者から上級者まで体幹部を安定させた状態で行いやすい打撃方法であることが示唆された。つまり初級者も,竹刀操作を含めた詳細な動きを行いやすいと考えられ,上級者にとっても基礎的技能を向上させるうえで有効な稽古法になることが示唆された。
踏み込み足打撃の入り局面でみられた,上級群の上下動の少ない「入り」は,相手に起こりを捉えにくく間合いを詰める動きにつながっていることが示唆された。踏み込み足打撃における打撃局面では,腰中心部の平均・最大速度について各群間で有意な差がみられた。特に上級群が他群に比べて高値を示し,前方向への速度は急激に上昇した後もその速度を維持していたことから,最も効率的に移動を遂行していると考えられる。踏み込み足打撃は,効果的な移動が行うよう踏み切り動作を習得する必要性が高く,入り局面を充実させるためには踏み込み動作を熟練させる必要性があると考えられる。

Ⅳ 結論
すり足打撃は,入り局面および打撃局面において初級者から上級者まで,腰の中心部が安定した動きを示した。すり足ならびに踏み込み足打撃の入り局面については,上級者は上下動が小さくみえる動きを示していた。また,踏み込み足打撃における打撃局面では,上級群は中・初級者に比べ効率的な前方向への移動を示した。

*フルペーパーは、武道学研究47-2( 2014年)に掲載されています.